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日本の教育が根本的に変化すべき理由と、教育から学習スタイルへ

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日本の未来はどうなるのか?
現実的に起こりうること、そのひとつひとつに向き合って対処していくことも重要ですが、その基盤も重要です。
基盤とは、子供たちはもちろん、人々が社会で生きていくための能力を身につけること、人それぞれの得意な分野が引き出される社会環境です。
義務教育(公立小中高)を受けてきましたが、当時かすかに疑問に思っていたことを思い出し、日本はどうすればいいのか、何を変えるべきか、リサーチの箇条書きにまとめ。
 

今の教育ってどうなの?

 
  • 現在の日本の政治体制が続く限り、残念ながら教育の中央集権性はさらに高まり、視野の狭い自国中心的な教育、世界の認識に逆行する歴史修正主義的な教育がさらに強化されるだろう
  • 英語能力やIT技術をいかに身に付けても、健全な世界観や人権意識の欠落した人間が「世界で活躍」するのは難しく、またそのような意欲や夢も減退して行く
  • さらに、同じアジアの近隣諸国と健全なパートナーシップを築くことも困難になって、絶望的な孤立に陥る危険さえある
  • なぜ義務教育では、能力ではなくて、年齢で学年を決めるのか
  • 落第もなければ、飛び級もない
 

そもそも、約150年前に近代的な教育制度が整備された

 
小学校〜高等学校の段階における「公教育」(義務教育課程)に絞ると
  • 日本では、約150年前に近代的な教育制度が整備された
  • それは「統一近代国家」を確立するための政策の一環でもあった
  • そのため、教育の内容・方法については「国定教科書」を始めとする国家権力による厳しい統制による「全国一律」が重視された
  • その結果、共通語(国語)の急速な普及とともに「読み・書き・計算」という基礎能力において全国的に一定の水準に到達という大きな成果はあったが、20世紀に入ると自国中心的な選民思想や国家主義的な思想を植え付ける場ともなった
  • 第二次世界大戦後の教育は何度も「危機」に見舞われている
  • 例えば、戦後の教育制度に着目すると、GHQを中心に行われてきた教育改革では、第二次世界大戦期の日本の教育制度/教育内容また方法を抜本から覆すことを根底に進められてきた
  • その際に、第二次世界大戦中に培われてきた「教育制度」の枠組みが根底から崩れ、新たな教育枠組みを再考することが至上命題であった
  • 特に、戦前・戦中に行われてきた「修身」、「国史」や「地理」といった教科は、戦争を推進させた施策、軍国主義教育とみなされ廃止された
  • 同時に、第二次世界大戦期までは、国民学校として国が中心となって行ってきた教育内容・教育課程の編成も、国に権限を集中させることにより、教育が一つの方向に進むことの危険性から権限を集中させない施策や権限を分散させる仕組みを構築することが重要であった
  • 第二次大戦後、日本は民主国家として再出発した筈だったが、米国主導で導入された教育委員会制度が講和条約発効直後から有名無実化されるなど、近代民主国家としては異例に中央集権的な教育制度が残ったまま今に至っている
 

足りないものは?

 

「答えのない問題」に自分なりの答えを出す

  • これまでの教育では、自分の頭で考えて自分なりの答えを出すという機会が、「答えのある問題」に関してはあるが、「答えのない問題」に関してはほとんどない
  • それによって子供たちは将来、社会に出て2つの課題に直面する

子供たちは将来、自分の意見を持てない

  • 「最近の若いもんは」新入社員の姿勢を嘆く社会人の先輩たちの声は昔も今も多く聞かれる
  • その代表格とも言えるのが「習ってないのでできません」や「教わってないのでわかりません」という発言
  • やり方が決まっている仕事(=正解がある仕事)もあるが、特にやり方が決まっていないため自分なりの正解を探し出して実行し成果を出さなくてはならない仕事(=正解がない仕事)も多くある
  • そうしたことに直面したときに「君ならどう考える?」と意見を求められても、最初はどうしても固まってしまう人は多い
  • 先輩たちも最初はそうだったものの、訓練を積んだ上でできるようになっていたりする

異なる意見に対応できない

  • 自分が意見を持っていても相手が異なる考えを持っていた場合、どうすればいいかがわからなかったりする
  • また、自分は何でもいいと思っていても、意見の異なる二者に挟まれると対応に苦慮
  • ましてや両者から同意を求められると「あちらを立てればこちらが立たず」で苦しむことに
  • 「落としどころを見つける」などという表現がよく使われるが、どうすれば自分を含めた関係者の利害やプライドを損なうことなく、より良い成果にたどり着けるかということは、仕事では求められる機会がある
  • しかし、そのやり方はやはり決まった正解がない、そういうことを考える経験が不足した状態で社会に出てくるため、優秀な成績で卒業しても立ち止まったりつまずいてしまいやすい
  • たまたま両方できた人もいるにはいる、それはラッキーにも元々そういうセンス「も」先天的に備わっていた人
  • 元々そういうセンスはなかったけど、鍛えられて後天的に身に付く人もいるわけで、そちらの方が先天的に備わっていた人よりも多いであろう
 

やるべきこと

 

最も重要 自分で考え、自分で論理を鍛え、正しく言語化する能力の育成

  • 最も重要なのは、これまでの日本の教育に決定的に欠けていた、自分で考え、自分で論理を鍛え、正しく言語化する能力の育成
  • 「答えのある問題」ばかりに偏らず「答えのない問題」についても自分の頭で考えて自分なりの答えを出すことを、もっと教育の中で取り入れる
  • こうしたことは習得に時間がかかる性質のもの
  • これまでのように社会に出て一から始めていては、一人前に活躍し出すまでにより多くの時間がかかってしまう
  • これは日本社会全体のロス
  • 子供のときから訓練しておけば、社会に出て今ほど苦労することもなくより早く戦力として活躍し始めることができ、適応できずに脱落してしまう人ももっと減る
  • これからの変化の激しい世界を生き抜くためにも、大いに生きる能力になる
  • さらには、これまで徹底的に潰され・排除されてきた「権力を疑うこと、個人の人権の重さを考えること、言論・表現の自由の大切さ」など、民主社会の健全な担い手となるための強化も必須

飛び級制度の導入

  • まず、小学校から飛び級制度を導入できるようにすべき
  • 難関私立中学に合格できる子から分数の演算すらできないような子まで、みんな同じ教室で同じ内容を学習するなど馬鹿げてる
  • そのせいで、できない子は落ちこぼれてしまい、できる子は学習塾に通ったり私立中学に進学したりせねばならないしお金もかかる
  • そのためには中学でも高校の授業が受けられるようにしたり、小学校では子供ごとに異なる授業を受けさせ、異なる課題を与える必要がある
  • 全員が同じレベルで仕事をするのがよかった時代もあっただろうが、これからの未来を想像すると突出した人が少数いたほうが、そうでない人が多数いるより世界が進歩したり大勢が結果的に恩恵を受けるになりうる
  • 日本は今後の経済、治安対策、教育予算を有効に使うためにも、早く落第や飛び級を正式に認めるべき
  • 逆に、十分に理解できていなくても半ば強制的に進級して次の高度な授業を受けさせられることで、大器晩成タイプの子供がじっくり成長する機会を奪われていないか?
  • もし落第や飛び級を認めれば、子供達はもっと学校の学習に意欲的になるはずだし、特別支援の予算も軽減されるんじゃないか
  • アメリカでは、飛び級、落第を認めた上で、特別支援があるで、特別支援が本当に必要な子供たちだけ=何らかの発達障害などを持っている」がサービスを受けられるようになってる
  • 日本では、障害が無いのに家庭環境の問題等々で学習習慣の無い子が複数おり、彼らの中には、特別支援レベル(それ以上)に、通常学級の学習について来れない子が存在し、彼らは落第がないので、そのままできないまま進級
  • いくら個別の支援員をつけたところで、小学校低学年レベルからつまづいているので、救いようがないし、基礎がないまま応用をやらせても、全く身につかないし、焼け石に水のような支援
  • それも支援員の先生がいる時だけ、チョロっと支援するだけなので、全く身につかないので、彼らの将来を思うと本当に大丈夫だろうかと心配
  • おそらく今後、海外からの労働力に彼らの仕事は完全に奪われてしまうだろう

片方向授業のオンライン化(できれば双方向も)

  • 平等な環境整備という面で、公教育の授業のオンライン化は必須
  • さらに高校と大学では現在のように授業時間に基づく単位制を廃止、とにかく試験に合格すれば単位を認定するようにすべき
  • 高校大学の受験資格も年齢制限をすべて撤廃すべき

文化的最低限度の生活にインターネットへの接続環境を追加

  • 公教育のオンライン化のために、文化的最低限度の生活にインターネットへの接続環境を加えるべき
  • 固定電話も専用回線はすでに新規契約はできないはず

英語

  • 「アメリカ市民もどき」になるためではなく、日本人として世界で活動するための「ことば」の習得であることを徹底し、対等で開かれた異文化理解、多様性理解の教育と併せて行うことが必要

IT技術

  • 重要なのは批判的視点を含むリテラシー教育であり、企業の「社員教育」まがいの "訓練" になってしまうことは絶対に避けるべき
  • 「高度な技能」は、クラブ活動や高等教育の段階で習得すれば良い

教育から学習へ

子供たちも親たちも祖父母たちも、これを機に「学習」を再度見つめ直してみては?
 
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